2014年10月01日

3時間の小旅行

久し振りに晴れたので六甲山に登った。
出かけたのは13:30。

自宅の傍にあるバス停から16系統のバスに乗り六甲ケーブル下へ。
それにしても、このバスはいつも満員だ。この日も阪急六甲で積み残し多数。

幸い、この日は着席できたが、着席できないと少々つらい。
勾配がきつく加減速が急な上に、右に、左に、やたら曲がる。

25分ほどで六甲ケーブル下に到着。
六甲ケーブルは、20分間隔で運行している。

六甲山上へは約10分で到着。
駅のすぐ傍にある天覧台から神戸市や大阪湾を一望する。

その後、満員の六甲山上バスでガーデンテラスへ。所要時間は約10分。
ここでも、神戸や大阪湾の景色を30分ほど楽しみ、帰途へ。

同じルートを辿り、帰宅すると16:30。
六甲山上からの絶景を楽しんだ、往復3時間の小旅行でした。

10月1日 Y.I.記
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タグ:風景
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2014年09月01日

六甲道南公園の夏

今年は、猛暑日こそ少ないものの蒸し暑くて不快な日が多かった。
近くにある六甲道南公園の子供連れの行動パターンにも変化が見られた。

まず、昼間時より夕方や日没後に利用者が多い。
昼食場所も炎天下の芝生を避けて、日陰のある所を選んでいる。

子供が遊具や砂場で遊ぶ時間も、日陰になる夕方以降にシフトする。
子供を遊ばせながら芝生で団欒するファミリー集団も多い。

昼間時に人気があるのは水のある、せせらぎやポンプ。
いつもというわけではないが、水が流れている時には子供の歓声が絶えない。

この公園は、阪神淡路大震災の復興事業として防災公園として整備された。
しかし、平常時にも市民の憩いの場として違和感なく利用されている。

日陰のある昼食の場は、災害時にボランティアの受け付けや救援物資の受け渡し場所に変わる。
せせらぎやポンプの地下には耐震貯水槽があり、災害時には消火用水や生活用水として利用される。

防災施設と言えば一昔前までは要塞のような近寄りがたいイメージがあった。
しかし、普段から使っていないとメンテナンスがおろそかになり、肝心の災害時に役に立たないことも多い。

これからは、災害時、平常時のあらゆる場面を想定して使い易い都市施設を計画する必要があると思う。
同時に、いつまでも快適に利用してもらえるように、継続的な維持・管理の仕組みも重要である。

六甲道南公園は、震災後のわずかな期間で計画された施設であるにもかかわらず、上記の点で成功している。
この成功に学び、あらゆる場面で快適に利用できる都市施設の整備に取り組みたいものだ。


9月1日 Y.I.記
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2014年08月01日

市場の管理の必要性と限界

最近の株価は、景気の動向とは無関係に動いているのではと思うことがある。
景気を映す鏡であるべき市場が何者かに管理されているのではないかと思うことさえある。

もちろん、市場は開かれておりそんなことはないはずだが…
でも、参加者が少なくて市場が機能していないことは考えられなくもない。

参加者が少ないと、少ない売買でも値が動きやすい。
したがって、大口の投資家が株価を操作しやすい環境にになる。

市場は安定するが、これでは株価を操作できない投資家は参加意欲を喪失する。
かくして、参加者の減少と市場の魅力の喪失の悪循環がどんどん進む。

もし、市場が健全であれば株価は潜在的な経済成長力に見合った水準に落ち着く。
構造的な要因による停滞でなければ、株価操作も一時的な景気昂揚感を演出できて効果的である。

しかし、株価操作はカンフル剤として有効であっても根本的な治癒には無力である。
逆に、カンフル剤の投与に頼るとと依存症という副作用を生ずる恐れすらある。

市場の暴走を許さないために市場の管理も時には必要であるが、その効能には限界がある。
成長を支えてきた政治・経済、産業・文化などあらゆる領域で構造改革を進めなければならない。



8月1日 Y.I.記
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2014年07月01日

都市交通システム考

学生時代、京都にはまだ路面電車が走っていた。
のろまな時代遅れの乗り物には違いないのだが、よく利用させてもらった。

最近では、墓参りに行く時に地下鉄を利用する。
乗車時間は短いが混雑がひどく決して快適ではない。

地上に出るには長い階段を利用する。
エレベータもあるが、遠回りになるので利用したことがない。

地上に出ると、烏丸通から河原町通りまで歩く。
五条通は広幅員なのだが歩道は自転車と兼用、日除けの高木もない。

夏になると歩くのがつらいのでタクシーやバスを利用したこともある。
しかし、乗車するまでの時間や信号待ちの時間等を考慮すると決して賢い選択と思わない。

一方、ロンドンの地下鉄は19世紀末から建設が始まった。
Tubeと呼ばれる小断面の地下鉄で、車内は狭くトンネルや駅の連絡通路は素掘りの岩肌のままだ。

しかし、路線は網の目のように張り巡らされており地上に出たらすぐ目的地にたどり着ける。
そして、エレベータやエスカレータが完備されており、階段を利用する必要がない。

次は、フランスのストラスブール。
京都と同じ歴史都市でかつて混雑等の交通問題に悩まされた点も共通する。

しかし、地下鉄ではなくトラムと呼ぶ新型路面電車を都市問題解決の切り札に使った点だけは違う。
京都では厄介者としてお払い箱になった路面電車はすっかり姿を変えてよみがえった。

姿は変わっても道路から乗り降りできる手軽さは昔の路面電車と変わらない。
自動車の代替というより徒歩の補完手段と考える方がぴったりくる。

我が国でも、本格的な成熟社会の到来を目前に控えている。
それまでに、徒歩を補完する身近な交通システムの再編・整備を急がなければならない。


7月1日 Y.I.記
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2014年06月01日

グリーンパラドックス

先日(2014年5月25日)放送された、NHKスペシャル“エネルギーの奔流第2回欲望の代償破局は避けられるか”で印象に残った言葉だ。
ドイツが脱原発に舵を切って電気代が倍になり、企業が近隣諸国に次々に移転した結果、近隣諸国で原発が増えつつあるという。

確かに、脱原発が原発の建設を促進するというのだからパラドックスには違いない。
ただ、だからドイツのとった政策は間違っていたとは思わない。その理由を考えてみたい。

社会には暗黙のルールがあり、それは時代の価値基準の変化とともに変わる。
現在の中国の大気汚染の状況はひどいと思うだろうが、かつて我が国でも同様の状態だった。

大阪は、煙のまち、東洋のマンチェスターと呼ばれることを誇りとし、昼間でもスモッグで真っ暗になることもあった。
都市河川の多くはドブ川と呼ばれ、魚が生息し人が泳げる水質を取り戻すことが目標とされてきた。

当時は、経済成長が至上命題とされ、環境が多少犠牲になっても仕方がないという風潮があったのだろう。
その後、公害が社会問題化したが、環境基準等のルールの整備によって公害問題は次第に沈静化していった。

企業にとっては、製品の価値向上に直接結びつかないコスト負担を強いられるわけであり、厳しかったと思う。
規制の緩い地方や国外に移転する企業も多かったと思う。

しかし、この厳しい環境の中でも企業の国際競争力は決して低下しなかった。
むしろ、安い日本製品の大量生産から高付加価値製品を効率的に生産する技術への転換を通じてこの難局を乗り切った。

もし、この厳しい時代がなかったら産業構造の転換も進まないまま価格勝負を続けて、国際競争の敗者になっていたかもしれない。
このように、構造転換のためには、思い切ってルールを変えてみることも必要だと思う。

ドイツの実験が、生産効率至上主義からの脱却と、新しい価値基準への転換の先駆になることを期待したい。


6月1日 Y.I.記
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2014年05月01日

天災と人災

韓国の貨物船事故の報道を見ていて最初は天災だと思った。
しかし、徐々にこれは人災だと思うようになった。

天災は防ぎようがないが、人災は備えを怠らなければ防げる。
今回の事故も、ルールの徹底や非常時の訓練など、備えに不備があったのだと思う。

2年前に起こったコスタ・コンコルディアの座礁事故もつい最近の出来事だ。
原因は異なるが、大型客船の事故がどれほどの悲劇を招くかは分かっていたはずだ。

しかし、関係者のほとんどは事故を客観視し根拠のない安全神話の点検を怠った。
法律を作ってもチェックが甘いと、それを犯してでも私欲に走ろうとするのが人の性だ。

最初は悪いと思っても、繰り返すうちに罪悪感が薄れるものだ。
人災を防ぐにはルールを作ってチェックを徹底することが基本である。

しかし、今回の事故によってその難しさがわかったように思う。
今後は、一般の人が参加してルールを点検し非常時の身の処し方を考える機会を増やすべきだと思う。


5月1日 Y.I.記
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2014年04月01日

人の設計図

人間の体は、たった一つの受精卵から細胞分裂が繰り返され造られる。
それぞれの細胞は受精卵と同じ遺伝子情報をもち自律的に特定の組織や器官に分化する。

神による予定調和の仕業ではない。
遺伝子情報に組み込まれた設計図に従って数十兆個の各細胞が判断しているのだ。

膨大な数の細胞による判断がうまく調和して人を形づくる。
細胞にはどんな設計図が備わっているのか考えてみたい。

まず、分化する組織や器官の一覧とそれぞれの役割が書かれていなければならない。
芝居の台本に例えると、登場人物と台詞である。

次に、それぞれの組織や器官に細胞を割り当てる方法も書かれているはずだ。
芝居で言えば配役に相当する。

ただ、細胞の数は芝居の場合の演者の数とは桁違いである。
あらかじめ配役が固定されているのであれば、似た形の人しか生まれない。

一方、確率が設計図に書かれていると考えれば、人の個性が生まれる仕組みが説明できる。
また、環境に応じて確率が変化すると考えれば、環境適応による進化の仕組みも説明しやすい。

細胞レベルの相互作用から、社会環境や自然環境のあり方を考えてみるのも面白そうだ。


4月1日 Y.I.記
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2014年03月01日

イカナゴ漁解禁

神戸に来てからよく目にするようになったものの一つに“イカナゴ”がある。
2月末に漁が解禁になり、テレビや新聞に繰り返し取り上げられている。

主に、釘煮をいただくが、実にうまい。
我が家では専ら市販品を購入するが、神戸の家庭では自家製も多いようだ。

神戸に春を告げ、ソウルフードのひとつでもあるこのイカナゴについて調べてみた。
名前の由来は、何の魚の子か判らず、「いか なる魚の子なりや」と呼ばれたためと言われている。

分類上は、すずき目いかなご科の魚で、親も子もイカナゴと呼ばれるそうだ。
一生は、12月中旬〜1月上旬に産卵し、新子は3月〜4月に3〜7pに成長、6月下旬から12月上旬には夏眠するそうだ。

暑さに弱く、半年近くは眠っている。
眠りから覚めると産卵し、生まれた子供は成長すると群れを作り、春を告げるとまた眠る。

人中心の勝手な見方からすれば、まるで春を告知するためだけに生まれてくる魚の様だ。
イカナゴに報いるためにも、産卵・成長の場である大阪湾・播磨灘の浅瀬の環境を守っていきたいものだ。

3月1日 Y.I.記
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タグ:風景 環境 神戸
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2014年02月03日

『棚上げ』の効用

ムラが崩壊してマチができ、社会も随分変わった。
かつては地域が担った育児は保育園が担い、多世代の大家族も見かけなくなった。

血縁や地縁という束縛から解放されたのは良かったが、同時に社会の支えも失った。
そして、暗黙の了解が成立しなくなり、何事も合議が必要になった。

合議は、基本的にイエスかノーの2者択一である。
意見が分かれたら多数決で決める。

当然と思ってきたが、今決めないで棚上げにするという道もあるのではないかと思い始めた。
多数の意見を押し付けても、納得が得られなければ社会に亀裂を産むだけの場合もある。

ロンドンで、ヴィクトリア女王の時代の古い住宅で道路整備がストップしている現場を見たことがある。
今は、道路整備が優先されるべきかもしれないが、次の世代の考えはわからない。

このように、棚上げは、少数意見や次世代の考え方を尊重することにも通じる。
社会の安定を維持し、次の世代に受け継いでいくのに、棚上げの持つこうした効用は重要である。

棚上げの効用を活かすべきか否かについて、今一度合議してみては如何だろうか。
その合議を通じて、同じ社会の構成員としての信頼感が芽生え、世代を超えて継承されるように思う。


2月2日 Y.I.記
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2014年01月01日

狭い都市空間を活かす先人の知恵

大阪ミナミの繁華街にある法善寺界隈、学生時代からお気に入りの場所のひとつである。
かつては、千日前に刑場があり、罪人が市中引き回しの最後にたどり着く場所だったそうだ。

娯楽の少ない江戸時代には、処刑も見世物として多くの人を集めた。
集まる人を目当てに遊興・娯楽施設が集積する。

しかし、当時、贅沢はご法度で、これらの施設の立地は厳しく規制されていた。
そこで、寺社奉行の管轄で規制が緩い寺の境内に遊興・娯楽施設が立地するようになった。

法善寺も、処刑される罪人を弔うために建立され、当初は境内も広かった。
しかし、その後、寺と繁華街の不思議な共存が進み、今の法善寺界隈が生まれた。

狭い路地に沿って小さな飲食店が思い思いの意匠で軒を並べているが、雑然としているわけではない。
有名な水掛不動にお参りしていると、すぐ傍に繁華街が広がっていることを忘れてしまう。

神聖な空間と繁華街が狭い都市空間の中で見事に共存している。
これは、路地を屈曲させて狭い都市空間に異質の空間を共存させる技法『折れ曲がり』を応用しているそうだ。

これを、「日本の都市空間」(彰国社)という本で初めて読んだときには驚かされた。
この本には、他にも日本古来の空間形成の原理や技法が体系的に整理されている。

新年にあたり、『温故知新』の大切さを思い返す意味で、再度まとめてみた。


1月1日 Y.I.記
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