2017年05月01日

ゴールデンウィーク

ゴールデンウィークの起源は、昭和26年(1951年)の映画「自由学校」の大ヒットにあるそうだ。
この時期に正月やお盆の興行を凌ぐ動員を記録し、これにあやかって興行会社が命名したのが起源とされる。

誕生以来66年、人間で言えば高齢者の仲間入りだ。
ただ、人により、時代によりこの言葉の受け止め方は様々だと思う。

大型連休と捉えて、日頃できない遠出や家族・グループ旅行を楽しむ人も多い。
また、自由時間を活かして趣味や自己実現に取り組む人もいる。

私の場合は、年とともにボーっとするだけの時間が増えているようだ。
何か無駄な時間を過ごしているようでもあるがそうは思わない。

人は眠っている間に記憶した情報を整理し新しいアイデアを生むそうだ。
しかし、年を取ると眠りが浅くなりこのメカニズムがうまく働かない。

昔のことは覚えているが、最近のことは忘れやすいというのもこのせいだと思う。
この失った脳内メカニズムを補うにはボーっとする時間が必要だと思っている。

今年も、ボーっとする時間の効用を信じ、気ままなゴールデンウィークを過ごしたいと思う。

5月1日 Y.I.記
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2017年03月04日

イチゴ大福

灘区に行列のできる餅屋がある。
年末の丸餅、お彼岸のおはぎ、月見団子、桜餅と季節によって品揃えが変化する。

一月ほど前、昼休みに足を延ばしてみると5人ほどの行列を発見。
ショーケースにイチゴ大福の手書きの張り紙。

運良くゲットできたので別の日の昼休みに行ってみると…
なんと行列は3人、しめしめと思ったのも束の間、どうも様子がおかしい。

イチゴ大福ではなく別の商品ばかり注文している。
もしやとショーケースを見ると売り切れましたの張り紙。

その日は断念して休日の朝10時に散歩がてら足を延ばしてみる。
すると、5〜6人の行列があるではないか。

ショーケースには、「イチゴ大福朝10時から販売」の張り紙。
“Just in time”喜んでいると、予約して引き取りに来る人が車でやってくる。

そう、もっと早くから予約にきて販売開始に合わせて戻ってくる熱心なファンもいるのだ。
帰り道、振り返ると行列が長くなっていた。

共同体は、こうした何気ない日常の記憶の共有から生まれるのかもしれない。
これからも、こんな日常の何気ない体験を通して感受性の維持に努めたいと思う。


3月4日 Y.I.記
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2017年01月05日

お正月の風景

65回目の年越しはことのほか平穏に迎えることができた。

年末の年賀状作り、大掃除、墓参り、年越しそば、紅白…
お正月のお屠蘇、雑煮、おせち、お福茶、年賀状…

いつも通りの年越しであるが正月の風景がいつもと違う。
晴れ着や凧揚げ等正月を感じる風景をあまり見かけない。

百貨店やスーパーも平常営業で年末にまとめ買いする必要もない。
正月の日常化とでもいえばいいのだろうか。

こんな現象は今に始まったことではない。
それを感じるゆとりが自分になかっただけだ。

変化を読み取る感受性はこんな平穏な日々の営みの中で育まれるのかもしれない。
お正月の意味は案外こんなところにあるのかなと思った。


1月5日 Y.I.記
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2016年12月04日

アメリカ大統領選挙開票速報

大方の予想を覆しトランプ大統領が誕生した。
6月のブレグジットに次ぐ大番狂わせとされる。

今回は、最近購入したタブレットにネットの開票速報を流し続けた。
両候補が獲得した選挙人数だけでなく、各州の選挙結果や経過も地図上に表示され時々刻々変更される。

日本の選挙報道のように余計な情報もないので仕事の邪魔にもならない。
獲得人数等も地図上でその州をタッチすれば確認できる。

オハイオやフロリダなど勝敗を分けた州の接戦の様子もよくわかった。
ビッグデータの解析に基づく偏った解説より生データを提供してもらう方が色々考えることができて面白いと思った。


12月4日 Y.I.記
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2016年11月03日

瞑想

ダイエットと健康のためヨガに取り組んでいる。
もちろん、スポーツクラブのヨガである。

インド古来の行法としてのヨガとは全く別物なのだそうだ。
しかし、スタジオにはインド風の音楽が流れ、瞑想で終わる。

瞑想では何も考えずに体の声に耳を傾けなさいと教えられる。
これが実に難しい。

起こった出来事や今後の予定などつい考えてしまう。
一方、疲れているといびきをかいてしまう。

際限のない物欲と偏狭なナショナリズムの台頭…
万物と一体化できる自由な精神を育む瞑想の効用は大きいと思う。


11月3日 Y.I.記
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2016年10月03日

気候変動とインフラ整備

地球規模で進む気候変動によって、想定外の豪雨による大災害が増えつつあるようです。
阪神大震災の頃に聞いた“防災から減災へ”のキャッチフレーズも今や広く認知されています。

しかし、これとセットの“剛から柔へ”というキャッチフレーズがあります。
“柔よく剛を制す”の故事の通り、しなやかなインフラ整備が減災を実現します。

そのヒントは先人の知恵に隠されています。
東京スカイツリーを支える五重塔の耐震技術、破堤を防ぎ事後の内水排水を助ける信玄堤(霞提)等々。

インフラ整備を“剛から柔へ”転換していくために、“温故知新”の姿勢が求められています。


10月3日 Y.I.記
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2016年09月02日

リオオリンピックを振り返って

開催が危ぶまれたオリンピックですが、何事もなく終わりました。
これまでのオリンピックと同様の素晴らしい感動を与えてくれました。

感動を与えてくれたのは鍛錬の成果を発揮し全力で戦い抜いた選手たちです。
リオオリンピックはこの当たり前の事実を気づかせてくれた大会だったと思います。

翻って東京、話題になるのは競技場やシンボルマーク、誘致活動等々に投じられる莫大な予算のことばかり。
リオで惨憺たる結果に終わった競技の敗因の究明や強化策について議論の盛り上がりはあまり感じません。

ハードの整備には時間が必要で計画的に推進しなければならないのは当然です。
でも、それより大切なのは競技者の育成で、ハードに比べて何倍も時間が必要です。

底辺から競技人口を拡大し成果を上げている競技も増えてきました。
企業から国民へスポーツの振興に取り組む主体の交代を図っていく必要があります。

東京オリンピックがリオ以上の感動を我々に与えてくれるように、改革の行方を注視したいと思います。


9月2日 Y.I.記
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2016年08月02日

土用の丑

『土用』とは、四立(立春、立夏、立秋、立冬)の前18日間を指し、次に来る季節の準備期間にあたります。
一方、丑の日は十二日毎にめぐってきます。

したがって、土用の丑の日は季節ごとに1〜2日、1年に4日以上あります。
季節の変わり目には疲れがたまるものです。

疲労回復にウナギを食べる習慣が生まれてもおかしくはありません。
しかし、立秋の丑の日だけが有名になってしまったのはどうしてでしょう。

そこには、あの有名な平賀源内が絡んでいるそうです。
夏場のウナギの販促について相談を受けた源内は「本日丑の日」の張り紙を勧めたというのです。

丑の日に、“う”から始まる食べ物を食べると夏負けしないという風習は当時からあったそうです。
張り紙はその風習を気づかせウナギに結び付ける素晴らしいアイデアだったのです。

7月30日の土用の丑の日、生まれて初めて姫路の天然ウナギを食べました。
養殖とは異なるしっかりした食感と爽やかな脂の後味です。

風習に隠れている季節感や自然の多様性(ダイバーシティ)に気づくのは楽しいものです。
そんな細やかな感性を磨き、精神的な豊かさを満喫できる自分になりたいものです。

8月2日 Y.I.記
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2016年05月03日

熊本地震

今回の地震は、東日本大震災に比べマグニチュードは小さいが、最大震度は大きかった。
また、熊本、大分の両県にわたり長期間、広範囲にわたり発生していることも特徴とされる。

海溝型地震はプレートが別のプレートに潜り込みで蓄積される歪が一気に解放される時に起こる。
これに対して、活断層型地震は陸側のプレート内部の断層運動により発生する。

発生場所は異なるが、どちらもプレートや地殻の移動が原因のようだ。
以前、GPSを使って地表の測点の位置を記録し、地震予知に結び付けようとしている先生が紹介されていた。

これなら、日本全国(海底を含む)に測点を設置すれば、歪の蓄積場所はおおよそ見当がつく。
今回も、地震後に今回の震源となった活断層の両側(南北)に九州が移動していることが報道されていた。

メカニズムが解明され正確な予知ができるまでの間は、アプローチを多様化しそれぞれの成果を公開すべきだと思う。
そうすれば、様々な可能性を念頭に置いた緻密な防災対策のアイデアが草の根の活動から創造されるように思う。


5月3日 Y.I.記
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タグ:地震 防災
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2015年12月03日

貸本文化

貸本屋が街から消えて久しい。
それに代わった、レンタル店も勢いを失いつつある。

今では、漫画本もネットで安く閲覧できる。
便利になったが、何かが違う気がする。

そう、あのカムイ伝や忍者武芸帳を貸本屋で手にした時のワクワク感がない。
それは、モノを所有した喜びではない。読むコトに対する期待感のようなものだ。

コトの価値を理解し感動できる感受性を取り戻そう。
そして、貸本屋とともに失ったワクワク感をもう一度感じたいものだ。


12月3日 Y.I.記
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2015年11月01日

不動如山(動かざること山のごとく)

風林火山は孫子の兵法に由来し、状況に応じた戦法を説いたものだそうだ。
最後の山が、表題の言葉を縮めたものだ。

スウィングの軸がぶれるとクリーンヒットできない。
ゴルフ、サッカー、野球、すべてに通ずる。

物事を観察する場合も同じだ。
止まって見なければ動きは正確に把握できない。

ヨガにも、不動の山のポーズがある。
自分の内面と向き合うのに使うそうだ。

不動如山は、動きは動かざる自分からしか作れないし見えない。
そんなことを意味しているのかもしれない。

政治、経済、社会、…目まぐるしく変わる世の中の動き。
流されていては本当の動きは見えない。

不動如山(動かざること山のごとく)はそれを教えてくれている。


11月1日 Y.I.記
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2015年10月04日

粉もの文化

関西は、メリケン粉を使って作る粉もののレパートリーが豊富だ。
たこ焼き、お好み焼き、串カツ等々。

神戸港には、昔アメリカ産の小麦粉(メリケン粉)が沢山陸揚げされたそうだ。
メリケン埠頭の名前が今でも残っている。

その神戸にも、卵で焼いて出汁で食す明石焼き、牛スジ入りのぼっかけやソバメシなんてのもある。
また、外国人居留の歴史が古い神戸には、この他、豚まん、餃子、パン、洋菓子等の粉もん文化もある。

このように、粉もん文化が関西に育った要因として神戸港や外国人居留地のある神戸の存在があったと思う。
それでは、同じような条件にある東京に同様の文化が育たなかったのはどうしてだろう。

東京にも、もんじゃや天ぷら等の粉もん文化はある。
ただ、関西に比べると老舗が幅を利かし、関西のネギ焼きやモダン焼きのような新商品が生まれにくい。

新しい文化が生まれる過程は、発酵によってコメが酒に変わる過程に似ている。
より安く、うまいものを求める庶民のエネルギーに触発されて新商品が生まれる。

関西の地盤沈下とともに粉もん文化の変化にも停滞が見られるようだ。
案外、これからの粉もん文化は訪日外国人が鍵を握っているのかもしれない。



10月4日 Y.I.記
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2015年01月04日

お正月の風景

お正月の風景も年々変化している。

主な変化として、例えば…

・営業している店舗の増加
 今年は、元日から営業しているデパートやスーパーが増えた
・おせちのデリバリーサービスが一段と充実
 ホームメードからの移行が増加しているためであろうか?
・和服姿等の晴れ着姿の人が減り、カジュアルな服装の人が増加
 お正月は特別な日という認識が薄くなった?
・年賀状が減り、年賀メールが増えた
 お年玉の当選確率の低下と相まって記念切手が入手困難になった
・故郷に帰省する人が減った
 そういえばJRや航空機の予約も随分楽になった
・外国人が増えた
 観光客だけでなく居住外国人も増えた

お正月は、日本を代表する歳時記。
その原風景が失われつつあるようだ。

そろそろ、お正月の原風景も文化遺産として価値を持つ時代が来るかもしれない。
しかし、遺産になってしまってからでは遅い気がする。

お正月を、万物に感謝し、過去、現在、未来に思いをはせる時間と考えればどうだろう。
そうすれば、古めかしく見えた伝統もお正月を有意義に過ごすすばらしい演出だと気付くはずだ。


1月4日 Y.I.記
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2014年08月01日

市場の管理の必要性と限界

最近の株価は、景気の動向とは無関係に動いているのではと思うことがある。
景気を映す鏡であるべき市場が何者かに管理されているのではないかと思うことさえある。

もちろん、市場は開かれておりそんなことはないはずだが…
でも、参加者が少なくて市場が機能していないことは考えられなくもない。

参加者が少ないと、少ない売買でも値が動きやすい。
したがって、大口の投資家が株価を操作しやすい環境にになる。

市場は安定するが、これでは株価を操作できない投資家は参加意欲を喪失する。
かくして、参加者の減少と市場の魅力の喪失の悪循環がどんどん進む。

もし、市場が健全であれば株価は潜在的な経済成長力に見合った水準に落ち着く。
構造的な要因による停滞でなければ、株価操作も一時的な景気昂揚感を演出できて効果的である。

しかし、株価操作はカンフル剤として有効であっても根本的な治癒には無力である。
逆に、カンフル剤の投与に頼るとと依存症という副作用を生ずる恐れすらある。

市場の暴走を許さないために市場の管理も時には必要であるが、その効能には限界がある。
成長を支えてきた政治・経済、産業・文化などあらゆる領域で構造改革を進めなければならない。



8月1日 Y.I.記
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2014年06月01日

グリーンパラドックス

先日(2014年5月25日)放送された、NHKスペシャル“エネルギーの奔流第2回欲望の代償破局は避けられるか”で印象に残った言葉だ。
ドイツが脱原発に舵を切って電気代が倍になり、企業が近隣諸国に次々に移転した結果、近隣諸国で原発が増えつつあるという。

確かに、脱原発が原発の建設を促進するというのだからパラドックスには違いない。
ただ、だからドイツのとった政策は間違っていたとは思わない。その理由を考えてみたい。

社会には暗黙のルールがあり、それは時代の価値基準の変化とともに変わる。
現在の中国の大気汚染の状況はひどいと思うだろうが、かつて我が国でも同様の状態だった。

大阪は、煙のまち、東洋のマンチェスターと呼ばれることを誇りとし、昼間でもスモッグで真っ暗になることもあった。
都市河川の多くはドブ川と呼ばれ、魚が生息し人が泳げる水質を取り戻すことが目標とされてきた。

当時は、経済成長が至上命題とされ、環境が多少犠牲になっても仕方がないという風潮があったのだろう。
その後、公害が社会問題化したが、環境基準等のルールの整備によって公害問題は次第に沈静化していった。

企業にとっては、製品の価値向上に直接結びつかないコスト負担を強いられるわけであり、厳しかったと思う。
規制の緩い地方や国外に移転する企業も多かったと思う。

しかし、この厳しい環境の中でも企業の国際競争力は決して低下しなかった。
むしろ、安い日本製品の大量生産から高付加価値製品を効率的に生産する技術への転換を通じてこの難局を乗り切った。

もし、この厳しい時代がなかったら産業構造の転換も進まないまま価格勝負を続けて、国際競争の敗者になっていたかもしれない。
このように、構造転換のためには、思い切ってルールを変えてみることも必要だと思う。

ドイツの実験が、生産効率至上主義からの脱却と、新しい価値基準への転換の先駆になることを期待したい。


6月1日 Y.I.記
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2014年05月01日

天災と人災

韓国の貨物船事故の報道を見ていて最初は天災だと思った。
しかし、徐々にこれは人災だと思うようになった。

天災は防ぎようがないが、人災は備えを怠らなければ防げる。
今回の事故も、ルールの徹底や非常時の訓練など、備えに不備があったのだと思う。

2年前に起こったコスタ・コンコルディアの座礁事故もつい最近の出来事だ。
原因は異なるが、大型客船の事故がどれほどの悲劇を招くかは分かっていたはずだ。

しかし、関係者のほとんどは事故を客観視し根拠のない安全神話の点検を怠った。
法律を作ってもチェックが甘いと、それを犯してでも私欲に走ろうとするのが人の性だ。

最初は悪いと思っても、繰り返すうちに罪悪感が薄れるものだ。
人災を防ぐにはルールを作ってチェックを徹底することが基本である。

しかし、今回の事故によってその難しさがわかったように思う。
今後は、一般の人が参加してルールを点検し非常時の身の処し方を考える機会を増やすべきだと思う。


5月1日 Y.I.記
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2014年04月01日

人の設計図

人間の体は、たった一つの受精卵から細胞分裂が繰り返され造られる。
それぞれの細胞は受精卵と同じ遺伝子情報をもち自律的に特定の組織や器官に分化する。

神による予定調和の仕業ではない。
遺伝子情報に組み込まれた設計図に従って数十兆個の各細胞が判断しているのだ。

膨大な数の細胞による判断がうまく調和して人を形づくる。
細胞にはどんな設計図が備わっているのか考えてみたい。

まず、分化する組織や器官の一覧とそれぞれの役割が書かれていなければならない。
芝居の台本に例えると、登場人物と台詞である。

次に、それぞれの組織や器官に細胞を割り当てる方法も書かれているはずだ。
芝居で言えば配役に相当する。

ただ、細胞の数は芝居の場合の演者の数とは桁違いである。
あらかじめ配役が固定されているのであれば、似た形の人しか生まれない。

一方、確率が設計図に書かれていると考えれば、人の個性が生まれる仕組みが説明できる。
また、環境に応じて確率が変化すると考えれば、環境適応による進化の仕組みも説明しやすい。

細胞レベルの相互作用から、社会環境や自然環境のあり方を考えてみるのも面白そうだ。


4月1日 Y.I.記
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2014年03月01日

イカナゴ漁解禁

神戸に来てからよく目にするようになったものの一つに“イカナゴ”がある。
2月末に漁が解禁になり、テレビや新聞に繰り返し取り上げられている。

主に、釘煮をいただくが、実にうまい。
我が家では専ら市販品を購入するが、神戸の家庭では自家製も多いようだ。

神戸に春を告げ、ソウルフードのひとつでもあるこのイカナゴについて調べてみた。
名前の由来は、何の魚の子か判らず、「いか なる魚の子なりや」と呼ばれたためと言われている。

分類上は、すずき目いかなご科の魚で、親も子もイカナゴと呼ばれるそうだ。
一生は、12月中旬〜1月上旬に産卵し、新子は3月〜4月に3〜7pに成長、6月下旬から12月上旬には夏眠するそうだ。

暑さに弱く、半年近くは眠っている。
眠りから覚めると産卵し、生まれた子供は成長すると群れを作り、春を告げるとまた眠る。

人中心の勝手な見方からすれば、まるで春を告知するためだけに生まれてくる魚の様だ。
イカナゴに報いるためにも、産卵・成長の場である大阪湾・播磨灘の浅瀬の環境を守っていきたいものだ。

3月1日 Y.I.記
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タグ:風景 環境 神戸
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2014年02月03日

『棚上げ』の効用

ムラが崩壊してマチができ、社会も随分変わった。
かつては地域が担った育児は保育園が担い、多世代の大家族も見かけなくなった。

血縁や地縁という束縛から解放されたのは良かったが、同時に社会の支えも失った。
そして、暗黙の了解が成立しなくなり、何事も合議が必要になった。

合議は、基本的にイエスかノーの2者択一である。
意見が分かれたら多数決で決める。

当然と思ってきたが、今決めないで棚上げにするという道もあるのではないかと思い始めた。
多数の意見を押し付けても、納得が得られなければ社会に亀裂を産むだけの場合もある。

ロンドンで、ヴィクトリア女王の時代の古い住宅で道路整備がストップしている現場を見たことがある。
今は、道路整備が優先されるべきかもしれないが、次の世代の考えはわからない。

このように、棚上げは、少数意見や次世代の考え方を尊重することにも通じる。
社会の安定を維持し、次の世代に受け継いでいくのに、棚上げの持つこうした効用は重要である。

棚上げの効用を活かすべきか否かについて、今一度合議してみては如何だろうか。
その合議を通じて、同じ社会の構成員としての信頼感が芽生え、世代を超えて継承されるように思う。


2月2日 Y.I.記
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2013年11月01日

ガラケーVSスマホ

私が今使っている携帯はもう3代目、6年半使ってきた。
外見はボロボロ、バッテリーも弱ってきたので、買い替えを検討中である。

使い方はいたってシンプルなため、高機能化を望んでいるわけではない。
しかし、世の中は変わり、いつのまにかカタログにはスマホが溢れている。

世の流れに乗ってスマホに買い換えようと思ったが、周りからはヤメロの声ばかり。
要は、宝の持ち腐れになるということらしい。

確かに、たまに電話とメールを利用し、転送メールを確認するだけならガラケーで十分である。
しかし、あれば便利な機能もあるかもしれない。そう思って考えると色々ありそうだ。

外出時のインターネットを利用した調べもの、資料の確認と作成、新聞やテレビの閲覧…
どれも、パソコン+通信があれば解決することばかりだ。

ただし、現在使っているパソコンでは重すぎて常時携帯はできない。
また、通信速度の遅い携帯電話を使っても実用性がない。

結局、携帯性を重視してタブレットを持つか、仕事との連携を考えてタブレット型PCを持つかの選択にたどり着いた。
いずれの場合も、通信手段はポケットWiFiを使い、電話はガラケーを使えば良い。

技術の進化によって選択肢が増えたことは間違いなくいいことだと思う。
同時に、ガラケーかスマホか決めるにも色々考えさせられる、面倒くさい世の中になったものだとも思う。


11月1日 Y.I.記
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