2016年03月13日

将来予測

仕事柄、将来予測を求められることがある。
20年後の自動車交通量は?等々…

社会の構造変化を考慮する必要がなければトレンド分析をもとに簡単に予測できる。
しかし、今時こんな前提が成り立つのはせいぜい5年が限度だ。

例えば、ハイブリッドカーは、20世紀末から日本と北米で販売がスタートし、その後2008年に中国、2010年にヨーロッパに拡大した。
今から20年前に今日のように普及するとは予測できなかったのではなかろうか。

社会の構造変化を考慮しなければ将来予測はできないが、社会の構造変化を予測すること自体が難しい。
そこで、社会の構造変化は予測ではなく仮説として扱うことが多い。

仮説であるからひとつだけでは外れるリスクも多い。複数の仮説をもとに将来予測すれば外れるリスクを減らすことができる。
こうして、様々なケースの将来予測が行われるようになったのはいいと思うが、結果の活用面で少し問題があるように思う。

予測プロセスに合理性があるからといって、関係者が予測結果を納得できなければ意味はない。
仮説(希望)の実現を左右するのは技術・産業、社会(意識、精度)、政策等のブレークスルーである。

それらの可能性を含めて、将来に対する共通認識(希望)を形成するツールとして、将来予測結果をもっと活用すべきだと思う。



3月13日 Y.I.記
http://www.nmdc.jp/
posted by nmdc-yi at 18:16| 都市